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それでも地球はまわる #3 大天使ガブリエルの季節の続きですw
タロットやオーラソーマの側面から今回はみていくことにしましょう。
(前回の内容がわからないと話がみえないところも多いのでご一読をおすすめします)
*
「ミトラ教」(ミトラスともミスラとも。発音の関係)は、キリスト教のルーツだと書きましたが
ミトラはキリストそのものの存在へとなり、
ユダヤ教ではメタトロンとなり、
イスラム教徒にとってはイマム・マーディに、
ヒンドゥー教ではクリシュナの再臨という形で、
インドやチベットではマイトレーヤと呼ばれている存在に変わっていきました。
マイトレーヤ、きいたことがあるでしょう?
日本あたりでは「ミロク」といわれています。
要するに弥勒菩薩ですね。
そうです、日月神示の「ミロクの世」のミロクです。
つまり世界の主な宗教の中にこの「ミトラ思想」はベースとしてあるらしいんですよね。
しかし実際は謎に包まれているようです。
「ミロクの世」の話がでたついでにこの話もしておきましょう。
何度か書いてきていますが「至福千年」(ミレニアム)についてです。
あたしは審判のカードを見るたびにAscension(アセンンション=上昇)を思い出すんですが
この審判のカードではガブリエルがラッパを吹いていると前回書きました。
一方、ヨハネの黙示録の第11章15節でもまたラッパを鳴らします。
このヨハネの黙示録については「至福千年」のことです。
前回書いた聖書の引用はマタイによる福音書であり
こちらはヨハネの黙示録であって
同じラッパを鳴らすのでもまったく別う内容です。
黙示録ではキリスト教徒でない残りの地上の人間を滅ぼすため、
雷や大地震を起こすといわれています。
いわゆるこれが至福千年とか千年王国です。
(ちなみにこういう艱難期がおきる説は「前千年紀説」といって
カルト的思想やニューエイジに多いです。
プロテスタントやカトリックはこの教義を否定しているようです>Wikipediaより)
そもそも「至福千年」というものは
本来ならば今までずっといい行いをしていた人の積み重ねによって
幸福な時代が千年続くという意味であり
この世の終わりにはキリストが再臨するという思想です。
だけど復活するかどうかには裁きを受けるらしいんですよね。
「本当に霊的に目覚めた人だけ」が復活できるということなんです。
問題の黙示録については終末思想として有名なわけですが
(その捉え方は宗派によってまちまちみたいですが
カルトほど終末思想(艱難期説)+救済+選民思想にもっていきたがる傾向がありますよね<オウムが典型ですが>)
ヨハネの黙示録20章4節から7節にあたる部分が
「至福の1000年間」の終わりの「最終戦争」を経た「最後の審判」にあたります。
しかし実はこれも前回書いたミトラの「ミトラ戦争」がベースとなっているようなんですけどね。
前回タロットの「審判」のカードではガブリエルが最後の審判のラッパを吹くと書きましたよね。
それには続きがあるんですよ。
タロットではガブリエルの吹いているラッパのあとに「復活のチャンス」を与えられるわけですが
復活できる「条件」があるのだといいます。
さて、いったいどんな条件だと思いますか?
復活できる人間は
「黄金の髪を持つ者(天使の髪の色と同じ色)」
という条件があるのですよ。
これをあなたならどうとらえますか?
(ちなみにタロットの起源は15世紀前半のイタリアといわれています)
そしてまた審判のカードの意味合いで、
このとき本当に復活するのは「霊的な目覚め」をしたもの、ということらしく、
審判のタロットの意味合い(目覚め)というのは
実はアセンションと同じようなものなのではないかと勝手に思っています。
参考までにオーラソーマで大天使ガブリエルの対応タロットカードは
星(The Star)でタロットの意味は「希望」になりますが
オーラソーマで大天使ガブリエルの意味は
「内なるキリスト意識に呼びかける目覚まし音を象徴するボトル」
とされています。
ここでのガブリエルのトランペットは「声」をあらわしていて、この「声」とは
「感情と知性の結婚」であり「希望」とされています。
「チャクラを通じて身体を振動させ、目覚めさせることで魂を呼び起こす」
というボトルのようです。
そしてまたこのボトルでは
「来るべき巨大な変化に備える方法を提供している」
とされているようですが
「来るべき巨大な変化」
というとどうしてもさきほど書いた「至福千年」とか「アセンション」(キリスト意識という意味で)を想起させてしまいます。
ガブリエルのボトルは、麻痺した感情を解きほぐして解放するのを助けるといいます。
感情を安定させることで来たるべき大きな変化のために備えるといった意味合いのようです。
さてここからは内容的にオーラソーマ106番誕生★大天使ラツィエル とリンクしています。
タロットや絵画にでてきたりと非常に人間になじみのある天使が
天使の九階級の中で八番目の位にあたる大天使なわけなんですが
一番下っ端の九番目にあたるのが一般的にいわれる「守護天使」であり
最も人間に近い存在とされています。
日本でいえばエンジェルは守護霊ですね。
そもそもなんで魔術をやるような悪魔人間(笑)が天使の話をしているのかというと
悪魔といわれているものの多くは実は天使だったのです。
つまり悪魔=堕天使ということです。
ではなぜ堕天使になってしまったのでしょうか?
それは天使が神に背いてしまったための罰なのです。
魔術については思うことがいろいろあります。
正直最初は「欲」で、おまじない感覚ではじめたものだったんですが(笑)
魔術について知れば知るほど奥が深く、しかも広く、
すべてのものがつながっていることがわかってきてハマりました。
(少なくともあたしはスピリチュアルといわれるより魔術といわれたほうがピンときますw)
魔術を調べるうちに思想や哲学を知りたくなり
そしてまた宇宙などの天文がもっと好きになり
ウィッチクラフト(魔女術)を知るほどにハーブやアロマといった
花のパワーについて知りたくなったのです。
(タロットと占星術はもとからやっていました)
あたしがどうこうというよりも、そういうものすべてがつながっているということですね。
魔術については長くなりすぎるのでまたいつかw
ちなみに中世では魔女狩りが行われてきました。
これはまさにキリスト教による別の信仰に対する弾圧にすぎません。
だから悪魔=キリストを信じる以外のモノということになるわけです。
さきほどキリスト教は選民思想だといったのを思い出しましたか?
ミイラ信仰をしていたインカの人たちがキリスト教を押し付けられ
ミイラ信仰を禁じたのと同じようなものです。
都合が悪いものは存在を払拭されるわけです。
そんなふうに歴史は常に権力者の都合のいいように塗り替えられてきたわけです。
どんなに素晴らしい思想であってもエゴにまみれた権力が支配する以上、
血塗られた歴史は続くでしょう。(悪魔っぽく表現してみたw)
一番純粋なのはヒエラルキーでいえば権力から遠い人たちです。
彼らは権力に利用されつつもひたむきに信心します。
こんなふうに権力という欲望の不純物(いわゆるエゴ)が絡み(宗教思想問わず)
戦争が起き、略奪や支配へと発展していくその様は
人間そのものの存在こそが悪魔だとあたしは思うのです。
天使でもガイドでもなんでもいいんですが
そういう何者かの不可思議な力というか
いわゆる神といわれているものをあたしが信じるか信じないかですが
そういうグレートスピリットが存在する、しないというよりも、
人間の理想のアーキタイプこそが神なのではないかと思うのですよね。
宗教でもスピリチュアルでも、自分が「信じる」だけの立場なら問題はないんです。
問題なのはこれらに「振り回される」こと。
しかし残念ながら、たとえば先日の霊感商法なんて、
まさか利用されているとは、これを信じてる人たちは気づかないと思うんです。
利用されないために必要なことはずっと書いていますが
自分が自分たりうることです。
しっかりした流されない自己、スタンスをもつことです。
考えてみてください。
ヒーリングをやりたいと思うときってどういうときでしょうか。
宗教を信じるようになるときってどんなときでしょうか。
(家がもともとそうだったという場合もありますが....)
元気ならばヒーリングをやりたいって思わないほうが多いのかもしれませんよね。
病気やケガ、精神的に追い詰められてしまったり疲れていたり、ショックをうけたり...
だからこそのヒーリングなんですよね。
そういう弱みを利用する悪質業者はあたしは絶対赦せません(怒)
ストレス社会だからそういう人は多いと思うんだ。
ヒーリングそのものは悪いものではないけど
自分があくまでも利用してるわけであって
利用されたら終わりです。
飲んでも飲まれるなっていうのかねぇ(忘年会の季節なだけにw)
人間の存在こそが悪魔なんですよね。
それを本能でわかっているからこそきっと
「神」とか「グレートスピリット」などのアーキタイプがさまざまと出てくるのでしょうね。
だけど人間は生きていくうえで汚いものや辛いものって必ず向き合わないといけないって思うし
そういうものをクリアしていきながら魂は成長していくのですよ。
体験こそが知恵であり一番の成長につながると思うのです。
前々からいっているけどヒーリングサロンにいってもヒーリングアイテムを使ってみても
どんだけやっていても気づきがなければ成長なんてしません。
いくらヒーリングセッションを積み重ねてみても「何も変化が見られない」という人は気づきのない人だと思います。
おそらくは潜在意識の中にセッションで癒されているという他力本願的、依存的な気持ちがあるのではないでしょうか?
ではセッションをお金払ってやってるんだからそのくらい当然だという気持ちがあるのでは?
そもそもどんな動機でセッションをしてほしいと思ったのでしょうか。
自分を癒したいという気持ちがあるからではないのでしょうか?
そういう人はもう一度自分の心に嘘がないか、本当に癒されたいと思っているのか
心に手を当てて考えるべきだと思います。
セッションする側と受ける側の相性もあるのだと思います(整体やカウンセリングに相性があるのと同じです)
そういうことも含めて考えるべきなんだって思います。
(フォローとして、ヒーリングセッションの施術内容によるとは思いますが
店側の事情としてはオプションメニューをたくさんふやさないと集客できない、
という経営的に深刻な問題などもあったりするようです。要するに施術側も慈善事業ではないということですね。
こういう店舗の場合精神的なものをウリにする反面、物質的なものと精神的なものとのいろいろが複雑そうなので難しいだろうなとは思っています)
辛い、苦しい体験は生きていれば必ずあるのです。
悲しみや苦しみの感じ方はそれぞれですが誰でも普通にあります。
絶望の淵にいる最中は光など見えません。
なぜならば心が閉ざされ、ブロックされた状態だからです。
でも光には必ず闇があるように、
闇にも必ず光はあるのです。
その一寸の光とは「気づき」だとあたしは思うのです。
いや、あたしがそうでした。
一寸の光をみつけ、出口まではどれくらいあるのか確かにわかりません。
だけど気づきという光が見えた以上、
あなたはそれまでより一歩でも二歩でも出口に近づいているという証拠なのです。
気づきを見つけるには、ほんのちょっとの勇気なんです。
硬く閉ざされた心を開かなくても、開いてみようかな?と思う自発的な気持ちだと思うのです。
そうやって悲しみ、苦しみぬいた上にみつけだした気づきこそが
まさに知恵であり一生の財産になるのだとあたしは思います。
だからこそ人間は体験や苦しみなどの試練により成長していくのです。
ただ単にヒーリングの施術を行ったから、お金をつぎ込んだから
苦労、ましてや過去世のカルマがなくなるなんてばかげた話はありません。
(過去世のカルマが本当になくなっているかどうか、については
現世のいろいろに現れてくるものだとは思います。
ちなみに輪廻の考え方は仏教とヒンドゥ教では捕らえ方が違うこともあわせて書いておきます)
体験と気づきこそ一番大切なんです。
光の扉を見つけ、らせんを描くようにその人なりに成長していくということは
その人がどれくらいハートを開いているか、気づきを得られるかだとあたしは思うのです。
以前も話しましたがヒーリングとかスピリチュアルなアイテムや施術というのは
そういう気づきなどをもたらしやすくするというだけのアイテムでしかないのです。
だから単にお金をつぎこんだからといって魂が成長するなんてものは物質界的な次元でしかありません。
気づきがなければスピリチュアルなんてお金と時間の無駄なんです。
お金なんて使わなくたって、フラワーエッセンスやオーラソーマにしたって
やらなくっても成長していける人なんていっぱいいます。
それに何よりも大切なのは感謝する気持ちです。
そしてスピリチュアルブームだからといって流されることは非常に危険であって
そういう自分をもたない人こそが大金をわからずしてつぎ込む結果になるのです。
(あたしはこういう風潮を作ったマスメディアにも責任はあると思いますが
やはり最終的には自己責任でしょうね)
魂が成長するのに大切なのは体験と気づきと書きましたが
そういう人生の激変期などに心を軽くし、気づきをより高めるためのアイテムが
ヒーリンググッズやセッションなわけです。
成長したいと思って使っても気づかないし何も変化を感じなという人は
そのやり方はあわないし使う時期ではないということが多いこともいっておきます。
あと店側のエネルギーもキャッチできるようになれればなおさらいいと思います<第6チャクラより上を駆使してみてくださいw>
人間は不確かな存在だからこそ
自己をしっかりもたなければいけないんだとあたしは思います。
そして物質世界だけでも精神世界だけの存在でもない。
何よりも一番大切なのは物質界と精神世界とのバランスをとることなんですよね。
★ちなみにウェイト版タロットでは天使の名前はガブリエルと述べてないのだが
タロットの解説者イーデン・グレイがガブリエルであるとして以来これが通説となったようです。
★最後にフォローしときますがキリスト教が別に嫌いなわけではありませんw
クリスマスが嫌いなわけでもありませんwww
ただキレイなイメージばかり追い求める傾向がこういうものにはつきものなので
光には必ず影があることを思い出してほしいだけです。
そして自分というものをしっかりもつことをおすすめします。
タロットやオーラソーマの側面から今回はみていくことにしましょう。
(前回の内容がわからないと話がみえないところも多いのでご一読をおすすめします)
*
「ミトラ教」(ミトラスともミスラとも。発音の関係)は、キリスト教のルーツだと書きましたが
ミトラはキリストそのものの存在へとなり、
ユダヤ教ではメタトロンとなり、
イスラム教徒にとってはイマム・マーディに、
ヒンドゥー教ではクリシュナの再臨という形で、
インドやチベットではマイトレーヤと呼ばれている存在に変わっていきました。
マイトレーヤ、きいたことがあるでしょう?
日本あたりでは「ミロク」といわれています。
要するに弥勒菩薩ですね。
そうです、日月神示の「ミロクの世」のミロクです。
つまり世界の主な宗教の中にこの「ミトラ思想」はベースとしてあるらしいんですよね。
しかし実際は謎に包まれているようです。
「ミロクの世」の話がでたついでにこの話もしておきましょう。
何度か書いてきていますが「至福千年」(ミレニアム)についてです。
あたしは審判のカードを見るたびにAscension(アセンンション=上昇)を思い出すんですが
この審判のカードではガブリエルがラッパを吹いていると前回書きました。
一方、ヨハネの黙示録の第11章15節でもまたラッパを鳴らします。
このヨハネの黙示録については「至福千年」のことです。
前回書いた聖書の引用はマタイによる福音書であり
こちらはヨハネの黙示録であって
同じラッパを鳴らすのでもまったく別う内容です。
黙示録ではキリスト教徒でない残りの地上の人間を滅ぼすため、
雷や大地震を起こすといわれています。
いわゆるこれが至福千年とか千年王国です。
(ちなみにこういう艱難期がおきる説は「前千年紀説」といって
カルト的思想やニューエイジに多いです。
プロテスタントやカトリックはこの教義を否定しているようです>Wikipediaより)
そもそも「至福千年」というものは
本来ならば今までずっといい行いをしていた人の積み重ねによって
幸福な時代が千年続くという意味であり
この世の終わりにはキリストが再臨するという思想です。
だけど復活するかどうかには裁きを受けるらしいんですよね。
「本当に霊的に目覚めた人だけ」が復活できるということなんです。
問題の黙示録については終末思想として有名なわけですが
(その捉え方は宗派によってまちまちみたいですが
カルトほど終末思想(艱難期説)+救済+選民思想にもっていきたがる傾向がありますよね<オウムが典型ですが>)
ヨハネの黙示録20章4節から7節にあたる部分が
「至福の1000年間」の終わりの「最終戦争」を経た「最後の審判」にあたります。
しかし実はこれも前回書いたミトラの「ミトラ戦争」がベースとなっているようなんですけどね。
前回タロットの「審判」のカードではガブリエルが最後の審判のラッパを吹くと書きましたよね。
それには続きがあるんですよ。
タロットではガブリエルの吹いているラッパのあとに「復活のチャンス」を与えられるわけですが
復活できる「条件」があるのだといいます。
さて、いったいどんな条件だと思いますか?
復活できる人間は
「黄金の髪を持つ者(天使の髪の色と同じ色)」
という条件があるのですよ。
これをあなたならどうとらえますか?
(ちなみにタロットの起源は15世紀前半のイタリアといわれています)
そしてまた審判のカードの意味合いで、
このとき本当に復活するのは「霊的な目覚め」をしたもの、ということらしく、
審判のタロットの意味合い(目覚め)というのは
実はアセンションと同じようなものなのではないかと勝手に思っています。
参考までにオーラソーマで大天使ガブリエルの対応タロットカードは
星(The Star)でタロットの意味は「希望」になりますが
オーラソーマで大天使ガブリエルの意味は
「内なるキリスト意識に呼びかける目覚まし音を象徴するボトル」
とされています。
ここでのガブリエルのトランペットは「声」をあらわしていて、この「声」とは
「感情と知性の結婚」であり「希望」とされています。
「チャクラを通じて身体を振動させ、目覚めさせることで魂を呼び起こす」
というボトルのようです。
そしてまたこのボトルでは
「来るべき巨大な変化に備える方法を提供している」
とされているようですが
「来るべき巨大な変化」
というとどうしてもさきほど書いた「至福千年」とか「アセンション」(キリスト意識という意味で)を想起させてしまいます。
ガブリエルのボトルは、麻痺した感情を解きほぐして解放するのを助けるといいます。
感情を安定させることで来たるべき大きな変化のために備えるといった意味合いのようです。
さてここからは内容的にオーラソーマ106番誕生★大天使ラツィエル とリンクしています。
タロットや絵画にでてきたりと非常に人間になじみのある天使が
天使の九階級の中で八番目の位にあたる大天使なわけなんですが
一番下っ端の九番目にあたるのが一般的にいわれる「守護天使」であり
最も人間に近い存在とされています。
日本でいえばエンジェルは守護霊ですね。
そもそもなんで魔術をやるような悪魔人間(笑)が天使の話をしているのかというと
悪魔といわれているものの多くは実は天使だったのです。
つまり悪魔=堕天使ということです。
ではなぜ堕天使になってしまったのでしょうか?
それは天使が神に背いてしまったための罰なのです。
魔術については思うことがいろいろあります。
正直最初は「欲」で、おまじない感覚ではじめたものだったんですが(笑)
魔術について知れば知るほど奥が深く、しかも広く、
すべてのものがつながっていることがわかってきてハマりました。
(少なくともあたしはスピリチュアルといわれるより魔術といわれたほうがピンときますw)
魔術を調べるうちに思想や哲学を知りたくなり
そしてまた宇宙などの天文がもっと好きになり
ウィッチクラフト(魔女術)を知るほどにハーブやアロマといった
花のパワーについて知りたくなったのです。
(タロットと占星術はもとからやっていました)
あたしがどうこうというよりも、そういうものすべてがつながっているということですね。
魔術については長くなりすぎるのでまたいつかw
ちなみに中世では魔女狩りが行われてきました。
これはまさにキリスト教による別の信仰に対する弾圧にすぎません。
だから悪魔=キリストを信じる以外のモノということになるわけです。
さきほどキリスト教は選民思想だといったのを思い出しましたか?
ミイラ信仰をしていたインカの人たちがキリスト教を押し付けられ
ミイラ信仰を禁じたのと同じようなものです。
都合が悪いものは存在を払拭されるわけです。
そんなふうに歴史は常に権力者の都合のいいように塗り替えられてきたわけです。
どんなに素晴らしい思想であってもエゴにまみれた権力が支配する以上、
血塗られた歴史は続くでしょう。(悪魔っぽく表現してみたw)
一番純粋なのはヒエラルキーでいえば権力から遠い人たちです。
彼らは権力に利用されつつもひたむきに信心します。
こんなふうに権力という欲望の不純物(いわゆるエゴ)が絡み(宗教思想問わず)
戦争が起き、略奪や支配へと発展していくその様は
人間そのものの存在こそが悪魔だとあたしは思うのです。
天使でもガイドでもなんでもいいんですが
そういう何者かの不可思議な力というか
いわゆる神といわれているものをあたしが信じるか信じないかですが
そういうグレートスピリットが存在する、しないというよりも、
人間の理想のアーキタイプこそが神なのではないかと思うのですよね。
宗教でもスピリチュアルでも、自分が「信じる」だけの立場なら問題はないんです。
問題なのはこれらに「振り回される」こと。
しかし残念ながら、たとえば先日の霊感商法なんて、
まさか利用されているとは、これを信じてる人たちは気づかないと思うんです。
利用されないために必要なことはずっと書いていますが
自分が自分たりうることです。
しっかりした流されない自己、スタンスをもつことです。
考えてみてください。
ヒーリングをやりたいと思うときってどういうときでしょうか。
宗教を信じるようになるときってどんなときでしょうか。
(家がもともとそうだったという場合もありますが....)
元気ならばヒーリングをやりたいって思わないほうが多いのかもしれませんよね。
病気やケガ、精神的に追い詰められてしまったり疲れていたり、ショックをうけたり...
だからこそのヒーリングなんですよね。
そういう弱みを利用する悪質業者はあたしは絶対赦せません(怒)
ストレス社会だからそういう人は多いと思うんだ。
ヒーリングそのものは悪いものではないけど
自分があくまでも利用してるわけであって
利用されたら終わりです。
飲んでも飲まれるなっていうのかねぇ(忘年会の季節なだけにw)
人間の存在こそが悪魔なんですよね。
それを本能でわかっているからこそきっと
「神」とか「グレートスピリット」などのアーキタイプがさまざまと出てくるのでしょうね。
だけど人間は生きていくうえで汚いものや辛いものって必ず向き合わないといけないって思うし
そういうものをクリアしていきながら魂は成長していくのですよ。
体験こそが知恵であり一番の成長につながると思うのです。
前々からいっているけどヒーリングサロンにいってもヒーリングアイテムを使ってみても
どんだけやっていても気づきがなければ成長なんてしません。
いくらヒーリングセッションを積み重ねてみても「何も変化が見られない」という人は気づきのない人だと思います。
おそらくは潜在意識の中にセッションで癒されているという他力本願的、依存的な気持ちがあるのではないでしょうか?
ではセッションをお金払ってやってるんだからそのくらい当然だという気持ちがあるのでは?
そもそもどんな動機でセッションをしてほしいと思ったのでしょうか。
自分を癒したいという気持ちがあるからではないのでしょうか?
そういう人はもう一度自分の心に嘘がないか、本当に癒されたいと思っているのか
心に手を当てて考えるべきだと思います。
セッションする側と受ける側の相性もあるのだと思います(整体やカウンセリングに相性があるのと同じです)
そういうことも含めて考えるべきなんだって思います。
(フォローとして、ヒーリングセッションの施術内容によるとは思いますが
店側の事情としてはオプションメニューをたくさんふやさないと集客できない、
という経営的に深刻な問題などもあったりするようです。要するに施術側も慈善事業ではないということですね。
こういう店舗の場合精神的なものをウリにする反面、物質的なものと精神的なものとのいろいろが複雑そうなので難しいだろうなとは思っています)
辛い、苦しい体験は生きていれば必ずあるのです。
悲しみや苦しみの感じ方はそれぞれですが誰でも普通にあります。
絶望の淵にいる最中は光など見えません。
なぜならば心が閉ざされ、ブロックされた状態だからです。
でも光には必ず闇があるように、
闇にも必ず光はあるのです。
その一寸の光とは「気づき」だとあたしは思うのです。
いや、あたしがそうでした。
一寸の光をみつけ、出口まではどれくらいあるのか確かにわかりません。
だけど気づきという光が見えた以上、
あなたはそれまでより一歩でも二歩でも出口に近づいているという証拠なのです。
気づきを見つけるには、ほんのちょっとの勇気なんです。
硬く閉ざされた心を開かなくても、開いてみようかな?と思う自発的な気持ちだと思うのです。
そうやって悲しみ、苦しみぬいた上にみつけだした気づきこそが
まさに知恵であり一生の財産になるのだとあたしは思います。
だからこそ人間は体験や苦しみなどの試練により成長していくのです。
ただ単にヒーリングの施術を行ったから、お金をつぎ込んだから
苦労、ましてや過去世のカルマがなくなるなんてばかげた話はありません。
(過去世のカルマが本当になくなっているかどうか、については
現世のいろいろに現れてくるものだとは思います。
ちなみに輪廻の考え方は仏教とヒンドゥ教では捕らえ方が違うこともあわせて書いておきます)
体験と気づきこそ一番大切なんです。
光の扉を見つけ、らせんを描くようにその人なりに成長していくということは
その人がどれくらいハートを開いているか、気づきを得られるかだとあたしは思うのです。
以前も話しましたがヒーリングとかスピリチュアルなアイテムや施術というのは
そういう気づきなどをもたらしやすくするというだけのアイテムでしかないのです。
だから単にお金をつぎこんだからといって魂が成長するなんてものは物質界的な次元でしかありません。
気づきがなければスピリチュアルなんてお金と時間の無駄なんです。
お金なんて使わなくたって、フラワーエッセンスやオーラソーマにしたって
やらなくっても成長していける人なんていっぱいいます。
それに何よりも大切なのは感謝する気持ちです。
そしてスピリチュアルブームだからといって流されることは非常に危険であって
そういう自分をもたない人こそが大金をわからずしてつぎ込む結果になるのです。
(あたしはこういう風潮を作ったマスメディアにも責任はあると思いますが
やはり最終的には自己責任でしょうね)
魂が成長するのに大切なのは体験と気づきと書きましたが
そういう人生の激変期などに心を軽くし、気づきをより高めるためのアイテムが
ヒーリンググッズやセッションなわけです。
成長したいと思って使っても気づかないし何も変化を感じなという人は
そのやり方はあわないし使う時期ではないということが多いこともいっておきます。
あと店側のエネルギーもキャッチできるようになれればなおさらいいと思います<第6チャクラより上を駆使してみてくださいw>
人間は不確かな存在だからこそ
自己をしっかりもたなければいけないんだとあたしは思います。
そして物質世界だけでも精神世界だけの存在でもない。
何よりも一番大切なのは物質界と精神世界とのバランスをとることなんですよね。
★ちなみにウェイト版タロットでは天使の名前はガブリエルと述べてないのだが
タロットの解説者イーデン・グレイがガブリエルであるとして以来これが通説となったようです。
★最後にフォローしときますがキリスト教が別に嫌いなわけではありませんw
クリスマスが嫌いなわけでもありませんwww
ただキレイなイメージばかり追い求める傾向がこういうものにはつきものなので
光には必ず影があることを思い出してほしいだけです。
そして自分というものをしっかりもつことをおすすめします。
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